道21世紀新聞の4月号に岐阜県白川郷にある「荘川桜」が紹介されています。荘川桜といえば、想い出す事があります。この桜は親鸞聖人に縁のある名刹の庭にあって、荘川を堰き止めて建設される御母衣ダムの湖底に沈む運命にあった。ダム建設の発注者は水資源開発公団で、当時の総裁は高崎達之助氏。視察で現地を訪ねた際、この桜をみてこれは何としてでも後世に残したいと云われ、桜を愛する人々の強い意志もあって保存が決まったという。世界に例のない大移植事業によってダム湖畔の現在地に移されたのです。命を救われた桜は、ダムが完成して間もない春に美しい花を咲かせる。現地からそれを知らせる電報を受けた高崎氏は涙を流して喜ばれたという。この移植の大事業を成し遂げたのは㈱間組で、当時の副社長は豊前市挟間出身で小川さんという方で、この事業に係わられたと聞く。小川さんとのご縁でしょうか、私の先輩で間組に就職した人を何人か知っています。荘川桜は水没した古里を見守りながら春には毎年美しい花を咲かせ続けている。満開の時期には、全国に散った湖底に没した集落の人達が集まってきては花見の宴を催しているといいます。この光景を見た尾藤さん(バスの運転手で、もう故人となっています)が、この荘川桜の種を集め実生の苗を育て、周辺の道路沿線に植えられて、今では子桜、孫桜の並木が楽しめるそうです。新聞によると、荘川桜のDNAを持つ苗木を街沿いに植樹する活動が今も地域の人達に引き継がれているという。またこの沿線は日本風景街道「合掌・さくら」飛越街道のルートとなっていて、飛越街道協議会の皆さんが、「心のふる郷を探すみち」「日本人の心のみなもとが息づくみち」の保全を目指して頑張っているとのことです。
 話は変わって轟集落のこと。
 轟では、鎮守の森の貴船神社の「フジ」が名物でしたが、台風の被害にあって再生が不可能となってしまった。現地居住する30名足らずの人達が「フジ」に代わって「枝垂れ桜」を名物にしようと植え込みをされています。私も「豊前通信-地域づくりへの挑戦」が、第17回福岡ひびき賞を受賞した際に贈られた賞金の一部で枝垂れ桜の苗木5本を購入し寄贈させてもらい、先日集落の人達の手で神社周辺に植えてもらいました。区長さんによると、本年1月の「どんど焼き」には80人もの人々が集まったとか。集落の人達が子供や孫などふる里を離れて暮らす人達に電話をされたそうです。桜も大きく成長して、有縁の人が集まってお花見の酒宴が楽しめる日の来ることを夢見ています。